最近、人生を振り返ることが増えた。コロナ禍であることが一番の理由だと思うが、加えて、ワクチン接種で、少し死を意識することがあったためだと思う。私の副反応は運良く軽かった(世の中の平均で言えば、やや重たかった程度だった)が、運悪ければ、死んじゃいますから。
今日は、人生の振り返りから記事を書いてみまいた。

私は、富山から上京し、他の人より恵まれた点が1つだけある。

それは、人との出会いです。

大学院に進学したので、学生寮で9年間(しかも7年間はタコ部屋)も生活したため、多くの先輩後輩と出会うことができました。
広さだけでなく、深さもある人間関係。

そして、今でも、仕事柄、出会いが多い。
テレワーク時代で、顔を見ることも減ったが・・・。
また、過去は、広告関連の仕事も行っていたので、タレントさんとの付き合いもボチボチありました。(学んだのは、タレントさん達も普通の人間であること。彼ら彼女らなりの悩みがある。)

加えて、大学の空手道部のOBOG会の幹事を行うようになり、毎年新しい学生とも出会うことができる。
また、空手関係で、世田谷や青梅での空手でも、多くの子供達と出会うことができる。

広い人間関係があると、その分、人や会社の浮き沈みも見えてくる。
特に、タレントさんなんて、いきなりブレイクして、突然、雲の上の存在になってしまう人もいた。

こういった浮き沈みを見ていると、って大事だと思う。

運が悪いと、どんなに頑張っていても、転落してしまうこともある。
一方、転落した人や会社の中には、運以外の転落した理由も明確な人達も多く存在したのも事実。でも、やっぱり、人生、運の部分が大きい。

そして、一番重要な運は、良い人と出会う運だと思う。
私は、その出会い運に恵まれ、多くの人に助けられている。

そもそも、今の時代の日本に生まれたこと自身、運が良いと思う。
私限らず、日本人の多く人は、運が良いと思う。
最近、そう思えるようになった。
私自身が、変わってきたんだと思う。

そもそも、タイトルにもある通り、私は、波乱万丈の人間。



このプロフィールにも書かれていないのだが・・・
第一志望校の富山大学の新設学科に落ち、たまたま(センター試験結果だけで二次試験がない理由で)応募していた母校(元 東京水産大学)に入学。
入学した最初の体験乗船で船酔いすることを知る。
また、小さい頃の遊び場(特に夏)が海だったので、海での泳ぎは得意だが、高校にプールになかったこともあり、海ほど浮かないプールでは上手く泳げないことを臨海実習前に知る。(ちなみに、東京のプールの塩素の強さにびっくりし、水中眼鏡してても目が痛かったことを記憶している。)
そして、大学では、空手道部に所属し、空手三昧の日々。
でも、何を思ったか、いきなり、大学院に進学しようと思う。3ヶ月アホみたいに集中して不得意だった英語を克服し、大学院の試験を合格する。
大学院時代、Windows95がでたばかりで、当時珍しく、大学に引かれていた高速回線を用いてインターネットから多く学んだ。自作パソコンも作って、クロックアップしてCPUから火が出たこともあったし、イラレやFlashなども使えるようになった。個人のホームページが雑誌(あちゃら:リクルート社)に取り上げられたりもした。
大学9年間で博士号が取得できず、一旦、就職する。最初の会社を退職してすぐ、結婚。そして、2社目の会社で働きながら博士号を習得する。最後の3ヶ月くらいは、研究室に泊まって、そのまま出勤することもあった。

そんな破天荒な私の人生は、波乱万丈。
あまり信じていないが、占いでも、必ず波乱万丈という運勢が示される。
そして、ありがたいことに、最後は、成功すると言われる。それって、一番幸せなパターン。終わりよければ、すべて良し。

一方、母が亡くなった当日に裁判の訴状が届いて、(急きょ東京に戻らなければならず)母の死にも立ち会えなかった。長い理不尽な裁判との戦いの始まりであり、その時が、人生のドン底。そんなドン底を味わっている人間は極めて少ないと思う。

今が最後(ピーク)ではないと思うが、実際、今は、非常に上手く言っている。
コロナ禍だけど、売り上げは伸びている。
運が良いからだろう。
でも、油断してはいけない。

ちなみに、私には転換期がある。
その転換期は、幸運も不運も同時に引き寄せる人間だと認識し、不運を遠ざけるように意識するようになった時だろう。ちょうど、ビジネスでも、悩んでいた時。
付き合う人の選択も、非常に厳しくなった。
基本、正(陽)の気質のある人間を好み、負(陰)の気質のある人間を遠ざける。深い付き合いをすることが減り、寂しくもあるが、その選択は大事なことだと思う。

そして、ビジネスでも、運良く勝ちモデルを見つけて、大きな成長への足掛かりへとなった。
運気が変わった瞬間だったのかな?
でも、コンサルティングのお仕事を全てお断りし、OEM事業への専念するという選択でもあったので、ある意味、ギャンブルだったのかもしれない。
こういった点も、破天荒な私らしい♪

一度しかない人生、必死に生きながら、良い選択を続けていければと思う。
最低でも、あと20年間は、成長し続けたいと思っている。5年、おそくても10年以内に第一次目標を達成したいと考えている。

でも、今は上手くいっていても、どうしても「転落してしまう可能性」を意識し、常に追われてしまう。まぁ、どんなビジネスも、運悪ければ、世界情勢などで、一発で飛んでしまう時代。
会社は、未だ11期目、定年のないポジション、先は長い・・・。