昨日は、第49回全日本空手道選手権大会がありました。また、同日、コロナの影響で遅れていた第69回東京都国公立大学空手道選手権大会(通称、都国公)もありました。
審判が不足していたため、都国公では、私も審判で参加。審判一人当たりの試合数もそこそこあったので、疲れました。
何れにしても、無事に大会を終えれたので良かったです。

この都国公って、云わば「文武両道」を表したような大会。
母校の東京海洋大が以外、東京大学、一橋大学、東京学芸大学、東京外語大学、東京都立大学という顔ぶれ。

今の時代、空手の競技レベルも大きく変わり、大学空手の世界も大きく変化しました。
やっぱり、オリンピック競技になったくらいですから、大学の空手道部に所属する面々も、経験者が大部分を占めるようになりました。また、空手で進学する学生も、私の時代よりも多いと思います。

私の大学時代のように、未経験から始めて、空手エリートの私立大学に勝っていくなんて、なかなか難しい時代になってきました。当時は、2時間半の稽古を週6日、練習量も異なります。
時代が時代だったので、私も大学最後の試合は、関東大会の体重別の個人戦でベスト8、最後の相手は帝京大学の3年生(苦手な逆構え選手)。5-2のスコアで負けちまいました。思い出深い負け試合。
3つ下の後輩達(選手5人とも未経験者)も、東日本大会でベスト16で帝京大学にぶち当たっており、当時は因縁の相手。
でも、今じゃ、私立大学のトップ校と戦うことすらもできないし、ありえんことだろう。

だから、私は、一生懸命頑張れば、今の時代でも、国公立戦くらい優勝できると考えている。
要するに、優勝できる可能性を信じて頑張れるか?に尽きると思う。

今の時代、私の大学時代と異なり、授業カリキュラムも大きく変わっているので、稽古プログラムも工夫する必要があるだろう。
後輩達にとって、これを工夫して作り上げるのが非常に重要な経験であり、社会に最も活きる経験だと思う。

まぁ、平日は、徹底して基礎稽古(主に下半身強化)を行い、土曜日など集まれる日は、徹底して実践稽古に徹するプログラムになるだろう。
ラダーなどのトレーニングも良いけど、徹底してその場稽古と四股立ちステップした方が良いと思う。チューブ(私は腰に巻く派)を活用しても良いと思う。あと、10分くらい、なわとびでアップする癖をつけてもらいたい。

最後に、思うことをまとめてみた。

基本、空手の組手競技って個人競技だけど、チームの総合力が問われる競技でもある。
チームで強くなって切磋琢磨し合わないと、絶対に強くなれない。

仲間などチームメイトや指導者など、多くの人の支えがあって、成長できる。

今、その支えに対する感謝を下につないでいくことが(今の大学の空手道部に最も欠けている部分であり)強いチーム作りの本質だと思う。

まぁ、だから、大学の部活も、引退しても、終わりではないと思う。むしろ、再スタートだと思う。

この本質は、大学の空手道部に限らず、数多く存在する空手教室にも当てはまるだろう。
強豪チームは、自然に上の子が下の子を教える体制ができている。そして、下の子を教えることで、技術が消化でき、強くなるために考える癖が付くので、上の子も強くなる。

これは、会社など、社会でも同じ本質だと思う。
考えて成功する道を導けない人間は出世できないし、組織での成長を追求していけない会社は成長できない。
こういった本質を学ぶのも空手を始めとしたスポーツの役割だと思う。
今後も、こういった本質の部分を後輩達にも子供達にも伝えていきたい。そのために、努力し続けていたいと思う。


【余談】
今の時代、学校も、大手への就職率ばかりで、こういった学びを大事にしない傾向が強まりつつあるが、勉学だけで勝負したら、学歴カーストを打ち破れないだろう。
大手企業のパーツを作るだけの大学教育になってしまうと危惧している。

今、学歴フィルターが世の中で騒がれているが、パーツとしての大手企業への就職に全く興味がなかった私は、アホらしいとしか思わない。
そして、この学歴フィルターのような風習を作ったのも、学生の個性を尊重しなくなった大学にも責任があると思う。勉学に限らず、何かに打ち込み、その個性を活かした就職活動を指導していくべきだろう。
まぁ、こういった社会は、一部のエリートには都合が良いので、ずっと続いていくと思うが・・・。