以前、私自身の分岐点について、記事で紹介しましたが、弊社にも、いくつもの分岐点が存在します。小さいのも、大きいのも。



まず、2011年の3月11日と6月12日。
3月11日は、言わずと知れた大震災の日。

私は、11日の14:46は、顧問をさせていただいていた湘南美容外科さんでの打ち合わせを終え、日本橋でコールセンターのダーウィンズさんと一緒にいました。

そして、6月12日は、NHKでレスベラトロールの番組の放映日です。
レスベラトロールのブームが起こった日です。
大きな分岐点となっています。

なぜ11日とセットなのか?
私の持論ですが、レスベラトロールブームは、震災があったからこそ、長寿や健康へニーズが増したため、起こったのだと考えています。
放映だけでは、ブームは起こらなかったと考えています。

弊社は、このブームで得たお金を研究開発費に投じました。28日反復毒性試験、小核試験、ヒト臨床試験の3つだけで2000万円近くも投じています。
そのため、弊社の原料(赤ワインエキス末)が今でも選ばれ続けているのです。

それだけではなく、リナイスさんと組んで、プロテオグリカンという素材にも投資していました。弊社は、数年毎に新原料を投入し続けもしています。

原料メーカーって、こういったブームが起こると、経営者が儲かった金を自分に入れちゃって、ブームが起こった素材に対して投資しなくなるんだけど、それはブームが一気に終息してしまう理由でもあります。
一方、弊社は、赤ワイングラス換算で副材としての市場拡大の道を探ったり、二段発酵製法のような新たなクリエイティブを創造したり、研究開発に限らず、様々な投資を行ってきました。それは、今でも続いています。

次の分岐点は、2013年の7月。
WebでのOEM顧客の集客を始めた時です。
原料とコンサル中心の業態を見直した時でもありました。
実は、一番苦しい時でもありました。

ちょうど中国OEM(主に酵素商品)の波も来たので、タイミング的には非常にラッキーでした。
中国の方々は、主にWebを利用してOEM先を探したため、多くの問い合わせがありました。
10件の問い合わせ中、1件決まれば良い方でしたが、2014年、弊社は年間100商品ほど新商品を作りました。
その時に作った商品は、今でも弊社の売上のベースになっています。

コンサルを徐々に辞め始めせてもらって、徐々にOEMが忙しくなって、いつの間にか、原料営業まで止めていました。まぁ、今のスタイルです。

見直した理由は、社員が活き活き働ける環境を作りたかったから。

弊社は、効率性だけを追い求めると、実働は私だけ、原料事業に特化して、社員は受発注担当のパートさんだけという体制になっちゃうでしょう。
でも、それでは面白くなし、会社も大きくならない。

あと、既得権益を守ろうとする原料営業のドロドロさにも嫌気が指していたのもあるのかな・・・。

この業界は、裏切りや不義理の多い業界です。競合による引き抜きも多く、以下の記事の通り、離職率の高い会社ほど経営は安定していません。

原料営業を止め、OEM比率を高めれば、ドラスティックなビジネスが構築され、自ずとドロドロから抜けれます。無駄な時間が減ります。

ちなみに、近年は、顧客の層が変化してきています。市場の成熟と共に、新規参入の量も減っています。新規参入して、勝てる人達も変化してきています。
今まで通りのやり方では、上手くいかないでしょう。衰退するだけ。
だからと言って、リスティングなどの広告費を投じても、なかなか成果は出ないでしょう。

これから、いくつかの新たな戦略が始まります。
これらの1つでも新たな分岐点になればと考えております。
さぁ、がんばろっ!!

この記事の筆者:栗山 雄司 (博士)

kuri photoM2株式会社アンチエイジング・プロ COO/順天堂大学医学部 総合診療科 研究員

広告にも精通し、日々、売れる商品(;顧客の成功)のことを考え、健康食品サプリメントの機能性原料開発やOME製造を行っています。